それから丁度一年が経ち、僕達は二回生へ進級し、
それに伴い二十歳になった。
特に何か変化があったわけでない。
文ちゃんは相変わらずピンと伸ばした背筋と涼しげな顔で歩き、
大学のキャンパスに華を彩どおっていたし、
芳樹君は大勢の友人に囲まれつつも、
奇特なことに僕のような地味な人間とも変わらず仲良くしてくれていた。
そんな二十歳の、すっかり秋めいたとある日の夜。
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19:25 : 投稿作品 : comments (1) : trackbacks (0)


一見普通のホテルにも見える、落ち着いた外装のラブホテルを安藤が選んだのは、
文にとっても、そして彼にとっても最良の選択だったといえる。
如何にもな、いかがわしい場所を選択されたら、
問答無用でその背中を、彼女は蹴り飛ばしていただろう。
「どの部屋にする?」
「どこでも良いから早くしろ」
「お〜怖っ」
「こんないかがわしい場所で、一秒でもお前と肩を並べていたくはない」
「古風だね」
安藤はそう笑いながら、落ち着いた雰囲気の一室を選択する。
初めての場所で、勝手がわからない文は、常に安藤の背後を追った。
それは自衛の意味合いもある。
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19:25 : 投稿作品 : comments (7) : trackbacks (0)


高度数千メートルで僕は夢を見る。
幼いころの自分が、公園で泣いている女の子と一緒にいる。
僕の膝はすりむけて血が出ている。
目が眩むほどの夕焼けの中、僕はその女の子の頭を撫でていた。
はて、そんな事があっただろうかと、
その光景を見下ろしながら不思議がっていると、
何か衝撃を感じて、僕の意識は現実へと引き戻される。
億劫に感じながら目を開けると、どうも乱気流に巻き込まれていたらしく、
まわりの乗客は少し落ち着かないようで、がやがやと騒がしかった。
とはいえもう機体の制御は取り戻したみたいで、
しきりにアテンダントや機長が、安心を強調するスピーチを繰り返していた。
まだ興奮冷めやらぬ機体のなか、
寝起きでぼんやりとした意識で、どこかそれを他人事のように眺める。
僕はコーヒーを頼んで、先ほどまで見ていた夢を思い出す。
なんの根拠もないが、あれは追憶体験だった気がする。
風景の空気感が、生々しいほどに懐かしかった。
しかし、よく思い出せない。
小さい頃から女友達なんて、文ちゃんしか居なかったから、
あの泣いている女の子は彼女だったのだろうか?
しかし、幼いころに、彼女が泣いている姿なんか記憶に無い。
ただ忘れてしまっただけだろうか。
そんな事を考えながら、欠伸を噛み殺し、
窓の外の真っ黒な風景に目をやった。
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19:24 : 投稿作品 : comments (2) : trackbacks (0)


すっかり夜も深まった時間。
二人の男女が、アパートの一室で密着して座っている。
後ろから女を抱きかかえて座る男の両手は、
それぞれ女の胸元と、股間に伸びていた。

片手が摘む乳首はすでに血液が集中して腫れ上がるように勃起し、
もう片方の手が弄る股間からは、
くちゅくちゅといやらしい水音が漏れていた。
何も珍しいことではない。
その二人が若い大学生で、お互い洗練された容姿を持っているとすれば、
どこにでもいるカップルにしか見えない。

ただ異質なのは、男に甘い吐息を出させられている、女の表情。
まるで麻酔無しで手術をしているかのような、苦悶の表情を浮かべている。
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19:24 : 投稿作品 : comments (261) : trackbacks (0)
「旦那さん?」
菊池君の声を無視して、ベッドの淵に座ったまま、ぽちぽちと返事を書く。
『わかった。気をつけて帰ってきてね。迎えが必要ならまた言って』
送信ボタンを押すと、床に脱ぎ散らかした下着に手を伸ばす。
ブラを着けていると、
「ねー?」
と後ろから抱きしめられた。
「関係ないでしょ」
「うわ。つめた」
そう言いながら、彼は胸元に手を伸ばし、
そして少し雑に、乳房を揉んでくる。
今更、抵抗する気にもなれない。
「旦那さんでしょ?もしかして残業とか?」
あたしは一瞬躊躇ったが、
「違う。すぐに帰るって」
と嘘をついた。
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21:13 : 投稿作品 : comments (47) : trackbacks (0)
あたしの名前は花本香織。
27歳。
新婚ほやほやの若奥様、のつもり。
ただ旦那とは結婚前の付き合いが長いから、
あんまり初々しさってのは、残念ながらなかったりする。
まぁあんまりべたべたするのは苦手だし、
あっさりした付き合いが好きだから、
どっちかっていうと今の雰囲気は逆に有り難かったりする。
でもやっぱり、たまには思いっきり甘えてみたい。
旦那は大学からの付き合いで3つ上。
今改めて考えると、年上の人っていうのが良かったのかもしれない。
ついつい甘えてしがいがちだけど、
やはり頼りになる部分が大きい。
とにかくそんなわけで、結婚生活はわりと上手くいっていた。
わりと、じゃないか。
理想っていってもいいのかも。
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21:12 : 投稿作品 : comments (0) : trackbacks (0)
山本安太郎の足取りは重い。
それはうだるような暑さの所為ばかりとは言い難い。
スラックスのポケットに仕舞いこまれたハンカチは、
彼の額から流れ落ちる汗を一日中吸い込み、
もはや用を為さなくなってしまっている。

もう少し足の回転を上げて、早く帰社しなければ、
またどこで道草を食っていたのだと課長にいびられるのは目に見えている。
かといって、早く帰ればそれを回避できるのかといえば、
その可能性は限りなく皆無に等しい。

右手にぶら下がるバッグの中には、
まっさらのままの契約書が山積みになっている。
山本安太郎の名誉のために補足をするならば、
彼は営業中に道草を食ったことなど、ただの一度もない。
そう、ただの一度も。
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20:34 : 投稿作品 : comments (32) : trackbacks (0)
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