363 名前:
名無しさん@ピンキー 投稿日:2007/05/12(土) 15:00:43 ID:5j68tuwl
晩春という事もあり、そろそろ夏の兆しがどこででも見られるようになった。市橋
和夫が住む街外れの長屋でも、気の早い金魚売などがやって来て、涼を先取り
せんとしているし、街ゆく人々の表情も軽やかである。ようやく敗戦の悲惨さも薄
れ始めた頃の事で、裕福とは言えないが、打ちひしがれていた日本人の心にも、
幾許かの余裕が出ていた。
今は路傍で果てる傷痍軍人もいなければ、浮浪児もめっきり見なくなっているし、
和夫の家のような母子家庭でも食い詰めるような事も無く、生活向上が図られて
いるという実感があった。和夫の母、裕美子は、町屋を一軒借りて、お花の師匠
をしており、三十四歳の若さですでに未亡人。夫はやくざ者で、闇市での利権を
かけた抗争に巻き込まれ、命を落としていた。
見れば唸るような美貌を備えている為、世話を申し出る輩も多かったが、それで
は夫に申し訳ないと断り、今は和夫と二人だけで暮らしている。決して楽な生活
ではないが、母子水入らずでいる事の方が重要だった。
「和夫、外の鉢に水をやっておくれ」
「うん」
母に頼まれ、和夫は如雨露を手にして表へ出た。今年は空梅雨だとの予想で、
鉢植えの花もどこか物憂げに見える。通っている中学でも、花壇が寂しいという
話題が出ていたのを、和夫は覚えている。
室内に戻ると、裕美子が着替えている所だった。六畳の和室が二間、続きであ
るだけの長屋ゆえ個室という概念はなく、この母はよくこうやって息子の目も憚
らず、着ている物を脱いでしまう。職業柄、和装が多いのだが、この時期、自宅
にいる時は決まって襦袢ひとつだった。陶器のような滑らかな肌に、痩せ型なが
らしっかりと出た二つの乳房が眩い。腰は嘘のように細く、すらりと長い足も格好
良い事、この上ない。和夫はそんな裕美子を見ていつも卑しい気持ちを持つ。