88 名前:
作ってみました 投稿日:2007/11/03(土) 20:55:54 ID:Rbg5EaD0
今から十年ほど前、良夫は母に連れられて海へ行った事がある。当時、まだ二十
代だった母、初美は、競泳水着にヨットパーカーを羽織り、幼い良夫を傍らに置いて、
海水浴を満喫していた。その時、何故か一緒にいなかった父の事はさておき、良夫
が鮮烈なまでに覚えているのは、網を担いだ肌の浅黒い男達の姿である。
「そんな格好だと、男に悪さされるぜ」
一見して漁師、それも百戦錬磨の海の男たちが、鍛えぬかれた体に白い褌を締め、
初美を見るなりからかいの言葉を掛けていく。
「いい女だと、子連れでも平気でかっさらうやつがいるからな」
「岬の向こうには行かないこった」
母が漁師たちの言葉をどのような顔でやり過ごしたかは、良夫も覚えてはいない。
ただ、細く白い腕が自分を抱きしめ、大丈夫よと言われた事だけが今も耳に残って
いた。
民宿に泊まったような記憶がある所をみると、小旅行だったのだろうか。良夫は民宿
の子供と仲良くなり、その晩、催される花火大会に誘われた。二時間ほどの事で、宿
の主人が付き添うというので、初美は安心して送り出してくれた。
「ご迷惑をお掛けしちゃ駄目よ。行儀良くするのよ」
そういって微笑む母の姿を、良夫は今も覚えている。夜空を彩る花火は美しく、また
艶やかだった。良夫は宙高く飛んで破裂した花火のカスが顔に当たるという経験を、
生まれて初めてした。
その後、良夫は露店で買い物をし、民宿の子供と遊んだので、帰室したのは午後十
時近く。羽目を外し過ぎて叱られるかもしれないとも思ったが、部屋の中を覗くと母の
姿がなかった。
「どこに行ったのかな」
あまり深く考えずに良夫はテレビをつけて母の帰りを待つ事にした。そのうち眠くなり、
座布団を枕に船を漕ぎ出したようだが、その辺りの事は良く覚えていない。次に覚え
ているのは、部屋の隅で着替えをする初美の姿だった。