そもそも枝里子との出会いは、彼女が俺の部署に入社してきたことが始まりだ。
初対面の印象?
まぁ可愛いとは思ったよ。
可愛いっていうか、綺麗って感じだったけどな。
だった、なんて言うと怒られるな。
今でも綺麗だと一応言っておこうか。
どこで聞き耳立てられてるかわからんしな。
なに?密告する?
勘弁してくれよ。
まぁ実際、普遍的な美的感覚を持つなら、
美人って言ってもいいんじゃないか?
別に照れてるわけじゃないよ。
昔から大人びた雰囲気な女の子だったな。
別に背伸びしてる感じでもないし、
ただ物静かなだけって感じでもない。
なんて言うかな、肝が据わってるというかそんな感じだ。

スタイル?
身長は女性にしては結構高いよ。
まぁ160後半くらいはあるんじゃないか?
体重までは知らんよ。
知ろうとも思わんね。
そんなもの調べようとしたら、
一体何が飛んでくるからわからんからな。
結構ああ見えて気が強いとこもあるから。
俺の目には、どこからどうみても華奢にしか見えないんだけど、
本人はたまに思い出したかのように、
ダイエットをしないと、なんて言い出すんだ。
『それ以上痩せたらどう考えても細すぎるだろ』って止めるんだけどな。
なに?女性だから仕方ない?
朝早くからジョギングや野菜だらけの夕食に付き合わされる身にもなってくれ。
え?そりゃまぁ、夫婦なんだから仕方ないだろ。
そういうのは一蓮托生なんだよ。
俺は俺で、亭主関白のつもりなんだけどな。
あいつはあいつで、自分が夫婦生活の実権を握ってると思ってる節があるみたいでな。
まぁ実際、頼みごとをされたら嫌とは言えんよ。
惚れた弱み?
馬鹿言え。

当時あいつは18歳。
高校を出て、すぐに就職したんだ。
勉強は俺なんかより全然出来てたんだけどな、
当時は実家の家計が苦しかったらしくて、
就職の道を選んだんだと。
本当は色々と勉強したかったこともあったみたいだけど、
「ま、しょうがないよ」とあっけらかんとした笑顔で、
そんな話をしてくれたよ。
その時の俺は28歳だ。
丁度一回り上だな。
当時は、ただの平社員だった。
ま、35になった今も主任止まりだけど。
もうすぐ係長だって?
それは昇進試験次第だな。
まぁ枝里子からも尻叩かれてるからな、頑張ってみるよ。

最初は普通に仕事上の先輩と、その後輩って感じだったよ。
勤務態度は至って真面目。
その上優秀。
同僚はもちろん、先輩や上司とのコミュニケーションも問題ない。
どこかあっさりしているというか、
男らしいとこあるから話しやすいんだよな。
見た目?
だから言ったろ。
詳しく?
しょうがないな。
さっき言ったけど、結構背が高い。
手足も長く、全体的に細いな。
髪はずっと黒くてロング。
目は睫毛が多くてぱっちりしてるな。
鼻は筋がすぅっと通ってて、唇なんかは薄い。

付き合うきっかけ?
いやまぁ、普通だよ。
そうそう。
俺から。
それでOK貰って、って感じ。
あいつが二十歳の時だな。
俺が三十路。
付き合う少し前くらいから、よく二人で飲むようになってたんだ。
まぁ仕事ではずっと一緒だったから、
帰りに二人で食事なんかは珍しくもなんともなかった。
それでなんか悩みがあるみたいで、元気が無い時期があったから、
相談乗ってて、それでって感じ。
相談の内容?
それは秘密だな。
勘弁してくれよ。
ああそういえば、実は一回振られてるんだよな。
まぁその後も結構しつこくアタックしたんだ。
粘ってみるもんだよ。

プロポーズ?
二年前だよ。
電話で呼び出して、海の見える公園でな。
結婚指輪渡したら、その場で蹲って泣いちゃってな。
ああ、号泣だったよ。
あんな喜んでくれるとは思ってなかったな。
そうだな。
素直に嬉しかったよ。
それで今に至るってわけだ。
枝里子はすぐに寿退社して、今は専業主婦だよ。
そうだな、この間25歳になったばかりだ。
おめでたがわかった日?
半年前だよ。
そうそう、もう大分お腹も大きくなっててな、
たまに蹴るんだ。
元気そうで何よりだよ。
名前?
まだ決めてないな。
男の子か女の子かもわからんし。
どっち似かと思うかって?
どうだろな。
見た目は枝里子に似た方がいいかもな。
ま、どっちでも、元気に産まれて来てくれたらいいよ。



「ちょっとトレイ行ってくる」
俺は腰をあげて、
数名の新入社員たちと囲んでいたテーブルを離れる。
何も歓迎会の時から、嫁のノロケをするのはどうかと我ながら思う。
いきなり『愛妻家』なんて裏で渾名をつけられるのは照れくさい。
まぁ最初くらいは、親近感を持ってもらうのは悪くないだろう。
今までは漫然と自分の仕事をこなすだけだったのに、
最近では部下の動向をついつい目で追う癖がついてしまった。
もうすぐ係長という、それなりに責任のある役職を得るのだから、
それくらいの機微は最低限必要なものだろう。
しっかり稼がなくては。

数ヶ月後には、家族が一人増えるのだ。
命をかけて、守らなければならない人が、一人増える。
かつて感じたことのない責任感。
しかし不思議と恐怖や不安はない。
枝里子と二人なら、どんな困難でも立ち向かっていけるという自信で満ち溢れる。
それくらい、俺と枝里子は互いを尊敬しあい、そして信頼しあっている。

トイレのドアを空けると、そこには先客がいた。
俺は彼の存在に若干の驚きを覚え、一瞬の膠着をおぼえた。
「……ども」
聞き取れるかどうかの小声でそう呟きながら、彼は会釈をして、
俺の脇を通りすぎようとした。
その足取りもどこか弱々しい。
珍しく酔うほど飲んだのだろうか。
「珍しいな」
「……まぁ、新入社員の歓迎会くらいは……」
そう言うと、彼は一瞥を交わし、俺とは入れ違いに宴会場へと戻って行った。
彼の名は、笹原。
俺の後輩であり、そして枝里子の元同期でもある。
大学卒で年齢こそ枝里子の4つ上だったが、入社時期は全く同じ。
社会人にしてはうっすらパーマがかかった長い髪に、
彫りの深い目鼻立ちに加え、
少し陰を匂わすそのアンニュイな雰囲気は、
入社当時から女性社員には人気があった。
しかし仕事は出来るものの、他人を寄せ付けない彼は、
現在でも相変わらず女性人気は高いものの、同性の友人というものは、
少なくとも会社には殆どいない。
こういった飲み会なんかにも、まったく顔を出さないため、
彼のことを、『孤高の狼きどり』と揶揄する男性社員も少なくない。
(まぁ、気持ちはわかるけどな)
社外でのコミュニケーションを強要されるのが当然だという日本の風習は、
どうかと思うことも多々ある。
その辺は、仕事が出来る同士の元同期といえど、
枝里子とは正反対に分類される人間性だろう。
手前味噌かもしれないが、彼女は人との距離感が絶妙だ。
馴れ馴れしすぎず、かといって他人行儀すぎず、
丁寧な敬語と笑顔を忘れずに、それでいてざっくばらんな対応をする。
とはいえ、そんな枝里子も人付き合いが好き、
というわけではないのが人間の難しいところだ。

彼女は群れを好まない。
かといって、調和を崩すことは明確に嫌悪を示す。
他人にそれほど関心を抱けないのに、
でも関係を断絶するほど冷たくはなれない。
その結果得たのが、彼女なりの渡世術なんだろう。

誤解を招きたくないが、彼女ほど、心優しい人間を俺は知らない。
他人と関わってしまうと、さまざまな葛藤を抱え込むことになってしまう。
それは嬉しいことだったりもするが、その逆もまた多い。
彼女は、それに敏感すぎるのだ。
優しすぎる。
だから故、他人と距離を置きたがる。
そんな枝里子と、心と体を共にし、そして人生を歩んでいけることを、誇りに思う。
枝里子は、俺を選んでくれたのだ。

「おかえりー」
「ただいま」
家に帰ると、若くも頼もしく、そして綺麗な妻。
そしてちょっと無理をして、1年ほど前に建てた、
小ぢんまりとしながらも、立派な新築の家。
玄関先で、笑顔で出迎えてくれる枝里子と、
すっと唇を交わす。
もう数え切れないほどに繰り返してきたこの動作。
二人の唇は、淀みない動きで、お互いの暖かさと柔らかさを確認するはずだった。
しかし枝里子のお腹が俺の腰を少し押して、
少しだけお互いの唇の着地点がずれる。
その失敗に、俺達は照れ笑いを浮かべると、
黙って手を取り合い、そして幸せを噛み締めた。

「いつもより早かったね」
「流石に二次会は遠慮させてもらったよ」
「別に気にしなくて良いのに。予定日はまだまだなんだから」
彼女は自分のお腹をさすりながらそう言った。
「そういうわけにもいかないだろ」
「心配性なんだから。あ」
「どうした?」
「ううん。最近ね、お腹の中ですっごい元気なんだ。この子」
「そっか。早く出たくて堪らないんだろうな」
「あは。もうちょっと待っててね」
満面の笑みを浮かべてお腹を撫でる枝里子の手に、
自分の手を重ね、一緒に撫でる。
お互いお腹に注がれていた視線が、ふと合った。
何故か照れてしまう。
母親になる枝里子の目は、以前にも増して魅力的だ。
より一層力強さと、慈愛に深みが増した表情をするようになった。

小指だけで手を繋ぎ、リビングに入る。
「ま、そんなわけで順調だから、あまり気にしすぎない方が良いよ。
 先はまだまだ長いしね」
「まぁでも俺が居ないほうが、若い奴らも楽しめるだろうしな」
枝里子は俺の言葉にくすくす笑いながら、
「若いやつらって。せんぱ……浩次君もまだ35じゃない」
と、昔の呼び名で俺を呼びそうになって、慌てて修正した。
先輩。
懐かしい響きだ。
今でも仕事関連の話をすると、
その頃の記憶とリンクするのか、
時折そう呼び間違える。
社内恋愛だった時は、周りには秘密にしていたので、
呼び間違えがないように、ずっと『先輩』で通してもらっていた。
流石に敬語は寂しいので、二人きりのときはやめてもらっていたけど。
「もう35だよ」
俺は溜息をつきながらネクタイを緩める。
「あたしもいつの間にか25なんだよね。
 30なんてあっという間なんだろうな。
 あーあ」
枝里子は少し芝居がかった口調でそう言いながら近づいてくると、
俺の手を静止して、そしてネクタイを取ってくれた。
「枝里子はきっと変わらないよ」
「どうせ昔から老け顔ですよーだ」
「そんな事言ってないだろ」
そう言いながら、苦笑いを浮かべる。
「じゃあどういう意味?」
「昔から綺麗だよ、って意味」
枝里子は俺のその言葉にくるりを身を翻し、冷蔵庫に向かいながら、
「ふーん」と興味なさそうに呟いた。
しかしその瞬間、丁度枝里子の姿は庭に通じるドアのガラスに映っており、
その口元は、隠しきれないといった様子でニヤニヤと緩んでいた。

枝里子は二人分のグラスと冷たい麦茶を用意しながら、
「結構酔ってる?」と尋ねる。
「なんで?」
「別に」
普段こんなにストレートに褒めることがないからだろうか。
先程まで、歓迎会では結局枝里子のノロケばかりを口にしていたから、
その余韻というか勢いが、まだ残っていたのかもしれない。
「そういえばさ、今日珍しく笹島が飲み会に顔出してたよ」
枝里子が出してくれたお茶を飲みながら、
ふとそんな話題を出してみる。
「え?あの笹島君?」
「そうそう。元同僚の」
「へー、珍しいこともあるもんだね。あのロンリーウルフがね」
「そんな風に言ってやるなよ」
「別に馬鹿にしてるわけじゃないよ。
 まぁでも、あそこまで頑ななのはどうかと思うけど」
「枝里子の送別会にも来なかったよな?」
「そうだっけ?」
「そうそう。一応披露宴にも呼んだんだけどな」
「来るわけないよ」
気のせいかもしれないけど、
枝里子の最後の言葉は、少し棘があるように感じた。
「笹島のこと嫌いだっけ?」
「え?いや別に……でも、うーん……そうかも。まぁどっちかと言うとって感じ?」
と、しばらく天井を見ながら考えて、枝里子はそう言った。
珍しい。と思った。
彼女が誰かを嫌い、とはっきり言ったのは、これが初めてかもしれない。
熱くなりにくく、冷めにくい。
好きにも嫌いにもならない。
そんな彼女に嫌われるというのは、
それはそれですごい事の様に思えた。
「少し嫉妬するな」
「え?」
俺のその言葉に、枝里子はきょとんとした表情を浮かべた。
「いや嫌いになられるっていうのは、
 ある意味すごい意識されてるってことだろ?
 特に枝里子の場合は」
枝里子は溜息をつくと、「馬鹿ね」と優しく微笑み、
そして顔を寄せてきた。
今度は、うまくお互いの唇を感じ取れた。

枝里子が入浴している間、俺はPCを立ち上げた。
今日の飲み会で、面白い話を聞けたからだ。
笹島とトイレですれ違った後、
用を足していると別の後輩がやってきた。
彼の名前は林。
彼も枝里子や笹島とは同期入社の後輩だ。
丸刈りに近い髪型と、小柄ながらも無骨な体つきは、
学生時代は柔道でいいところまでいったという話を、
無条件で信じさせる風格があった。

『よお』
『ども。お疲れ様です。島崎……じゃないか。
 奥さんの調子はどうですか?』
島崎というのは、枝里子の旧姓だ。
『順調だよ。あと島崎でいいよ。
 枝里子知ってるお前から奥さんなんて言われると照れるからな』
『すんません。実は俺もちょっと照れくさかったんですよね。
 それはそうと早く帰んないと怒られるんじゃないですか?
 島崎ってそういうの厳しそうなんですけど』
『ははは。どうだろな。まぁ笹島が来てるくらいなんだから、
 俺が顔を出さないわけにもいかないだろ?』
『あああいつね。
 今日くらいは出ろって課長にきつく言われてただけですよ』
『なんだそうだったのか』
『そういや主任知ってます?
 笹島の野郎HP持ってるんですよ』
『そりゃ今時珍しくもなんともないだろう』
『いやそれがね、そこで小説書いてるんですよ。あいつ』
『へー。どんな?』
『いや俺活字駄目なんで。ちらっと見て頭痛くなったんで止めました。
 まぁ普通の小説っぽかったですよ。
 しかし俺の中で、あいつのいけ好かない度がまた上がりましたね。
 それにしても主任。歓迎会でいきなりノロケすぎでしょ?
 愛妻家、とか渾名つけられるますよ』
林にもそう笑われた。

それにしても、あの寡黙で淡々と仕事をこなす笹島に、
そんな趣味があったとは驚きだった。
俺は林から聞いた検索ワードを入力して、
そしてそのサイトを発見した。
なんだか後輩のプライベートを出目亀しているようで、
あまり居心地の良いものではなかったが、
笹島も人目に触れたくないものなら、
わざわざHPを作ったりはしないだろう。
夫婦の話題作りの一環という狙いも無きにしもあらずだったが、
実際のところは、本心が見え辛い後輩の、
本音を探る良い機会だと思ったのが大きい。
今後、自分が管理職になった場合には、
笹島の協力も不可欠になってくる場面も少なくないだろう。

そのHPは、簡素な作りになっていて、
日記と、いくつかの小説が置いてあった。
日記は月に数度しか更新されておらず、
その内容もプライベートで友人と遊んだことを、
簡潔にまとめられているだけのものだった。
(そりゃ友達くらい居るよな……)
そんな当たり前のことに、どこか安堵を感じてしまう。
その感情は、ずっと昔に、枝里子にも心を許せる同性の親友が、
何人かいることを知った時のものに似ていた。
それは天然記念物に対する保護欲に近いものがある。

今考えると、あの二人はどこか似ているのだ。
ただ社会に対する自身の身の置き方で、
異なったやり方を選んだだけ。
一方は、多少の苦痛と引き換えに調和を選び、
もう片一方は、拒絶を選んで閉鎖的な安穏を得た。
だから枝里子が彼を嫌いだと言ったのも、
おそらくは同属嫌悪の類なのだろうと、
今になって思えてくる。

(別に小説も、普通の内容だな)
PCモニタには、少々観念的すぎるというか、
いかにもアマチュアが自己満足に浸って書いているというような文章が続いている。
村上春樹でも好きだったんだろうか。
特にこれといった収穫はないか。
そう思ったその瞬間、俺はもしやと思い、
コントロールキーとAを同時に押す。
その直感は当たっていた。
画面右下に、白く反転したリンクを示す丸いアイコンが浮かび上がった。
数秒の躊躇。
流石に、それは踏み込みすぎではなかろうか?
しかし、やはり見せたくないのなら、
隠しページとはいえ、ネットに投稿したりしないだろう。
そう思いなおし、俺はそのアイコンをクリックする。

移動したページはやはり簡素な作りのもので、
黒い背景に、白のゴシック体で文字が書かれているだけだった。

それは数話から構成されている小説のようで、
第一話の更新日付は去年の夏のものだった。




========= 『エリコと僕の関係。或いはその日常』=========

第一話

うだるような夏のある日、僕は繁華街を一人歩いていた。
断っておくが、けして遊んでいるわけではない。
ただの営業だ。
しかしアスファルトから出ている熱気が、
ただでさえ低い仕事に対する意欲をさらに下げる。
さっさと切り上げて会社に戻りたいが、
戻ったところで楽しいことなど何もない。
馬鹿な同僚に、馬鹿な上司。
そして馬鹿な自分。
溜息をついて、日陰で小休止を決め込む。
携帯には会社からの着信が何件かあった。
鬱陶しいので無視を決め込む。
どこかに自販機でもないかと視線を左右に向けた。

歩いている人間は、自分と同じようにスーツ姿の男性が殆どだった。
そこに一人の女性の姿が目に止まる。
懐かしい。
旧友のエリコだった。
僕は彼女を呼び止めようと足を向けた。
しかし時は既に遅く、
彼女の姿はすぐに人込みに消えて行った。

一瞬、それも横からの姿を捉えただけだったが、
それはエリコであったと断定するに疑いの余地はなかった。
ピンと背筋の伸びた、女性にしては長身の、凛とした歩き姿。
艶やかな長い黒髪。
上品にコーディネイトされたブラウスにスカートといった出で立ちから漏れる、
儚いほどに白く美しい肌。
そして生命力と知性に溢れた瞳。
その全てが、僕の記憶と合致した。
別に彼女と恋人関係だったという事実はない。
恋心を抱いていた、という事もないと思う。
勿論女性としては充分すぎるほどに魅力的で、
おそらく今まで自分が恋をしたどの女性よりも、
容姿も内面も、洗練された美しさを持つ女性だった。

あの当時は、そんな事は思いもしなかったけれど、
もしかしたら、僕は彼女に憧れていたのかもしれない。
それは異性としてではなく、
一人の人間として。



===================================================================





エリコ?
俺は第一話だけを読み終えると、僅かな混乱に陥った。
ただの偶然だろうか。
というか、そもそもこれは創作なのか?
注意書きなども、どこにも記されていない。
どこか自叙伝のような書き方すら感じる。

とにかく続きを読んでみようと、マウスを動かす。
しかしその刹那、後ろのドアが開いた。
お風呂を上がった枝里子が入ってきただけのこと。
しかしそれに反応してしまい、
飛び上がった俺の背中を、枝里子は見逃さなかった。

「はぁー良いお湯だった、と?どしたの?」
「い、いや。なんでもないよ」
「なんでもない事ないでしょ?」
枝里子は乾いた笑いと共に、俺の背中まで足音を近づけた。
俺は急いでそのページを消した。
別にやましい事なんて何もない。
ただ会社の後輩の、小説を読んでいただけなんだ。
しかしそれが笹島のもので、その作品にエリコという登場人物がいた所為もあり、
ついつい誤魔化そうとしてしまった。

「あ……もしかして」
「なに?」
枝里子は口元をきゅっと結んで、
「エッチなサイト……とか?」
その突飛な言及に俺は噴出しそうになる。
とはいえ、枝里子側からしたら、そう疑いたくなるのも当然だろう。
俺は笑みを浮かべながら、枝里子の方へ椅子を反転させるが、
彼女の顔は、いたって真剣だ。
怒っているような、悲しそうな。
俺はその表情を見て、慌てて本気で弁解する。
「違う違う。そんなの見てないよ」
「……本当に?」
「本当本当」
「じゃ……いいけど」

枝里子は唇を突き出し、納得がいかない様子で、
また寝室を出て行った。
冷や汗を拭いながら、ページ履歴を探り、
先程のサイトへ飛んだ。
少しでも先を確認しておきたいと思ったからだ。




===================================================================



第二話



僕とエリコの出会いは、今から数年前に遡る。
大してドラマチックな出会いや別れがあったわけではない。
年頃の男女が普通に出会い、そして普通に身体を重ねあった、というだけの話だ。
ただ一つ問題があるとするならば、その行為の間に彼女が意味を求めたということ。

僕にとっては彼女との関係は、結果的にはただの体の良い性欲処理だった。
もちろん彼女の甘い声や、美しくしなやかな肢体。
そして僕にしか見せない蕩けきった表情は、
客観的にみても魅力的だと評価せざるをえない。
もちろん彼女自身に憧れを抱いてはいたが、
それは性的なものではなかった。
彼女は、当時数人いたセックスフレンドの一人にすぎなかった。

艶やかな長い黒髪が、色白で整った肌によく映えていたのを、今でもよく憶えている。
動物の様に後背位で交わると、彼女の絹のような髪が、
薄っすらと汗ばんだシミ一つない真っ白な背中に、
溶け落ちていくかのように左右に分かれていくのが好きだった。

僕は彼女の目が好きだ。
自慢ではないが、僕は人並み以上の数の女性を抱いてきた。
これからも、数え切れないほどの女性を抱いていくのだろう。
それでも、エリコほどの美しい瞳には出会えるかどうかは、
残念ながら諦観の感情を抱かざるをえない。
一重ながらに睫毛が濃く長い、やや切れ長で釣り目がちの瞳。
いかにもアジアンビューティーなんて評されやすい顔立ちだ。

知的な美人。
それが彼女の第一印象だった。
そして何百回と肌を合わせても、その評価は変わることがなかった。
強いて変更点を挙げるならば、
力強く、
母性に満ち溢れていて、
清廉で、
厳格で、
しかし脆く、
そして何よりそんな自分を嫌っていた。

彼女の笑顔は好きだ。
基本的に冷たい人だったけど、
かといってユーモアに疎いわけではなかった。
ただ自分が面白いと思わないことを、
周りが笑っているからといって、
それで釣られて笑うということをしないだけ。
自分が面白いと思ったなら、
両手を叩いて、その薄い唇を大きく開いて笑う。
そんな彼女が、いざ職場では、
周りの雰囲気を尊重するために、
作り笑顔を振りまいている姿は、
最初のころは好きじゃなかった。

しかしそれは、彼女の強さでもあった。
僕には無い強さ。
それを彼女は持っていた。
だから僕は、そんな彼女を尊敬し、そして心と身体を求めた。
別に恋人になりたかったわけじゃない。
ただ、彼女が欲しいと思っただけ。

彼女は聖人などではない。
かといって、世界の破滅を願う悪人でもない。
ただの、どこにでもいる一人の女性だった。
そして多くの女性がそうであるように、
エリコもまた時に打算的で、
そして時に情熱的だった。

エリコはフェラチオが好きだった。
仕事が終わり彼女が待つ部屋へ帰ると、
一通り舌を絡めあい、彼女の方から僕のズボンと下着を脱がし、
そしてシャワーも浴びていない、
男の匂いにまみれたそれを、
最初は優しく舌で、まるでマーキングするかのように、唾液を舌で塗る。
そしてやがてゆっくりと、味と匂いを噛み締めるかのように口の奥まで咥える。
それがいつものことだった。
僕が何も言わずにいると、そのまま射精するまで、
一定のリズムで首を振り、なんとも形容しがたい官能的な音を出し続けた。
やがて僕が射精をすると、それを咥えたまま嚥下して、
そしてそのまま口腔内で舌をまさぐり、
精子にまみれた僕の男性器を拭い取り、
そして彼女の唾液を代わりに塗りたくる。

それで済めばまだいい。
しかし彼女はそれだけじゃ物足りないと言わんばかりに、
そのまま首のピストンを穏やかに再開する。
そしてそのまま再び僕をいきり立たせ、
再度射精を舌で促してくる。
僕はその快感とも苦痛とも形容しがたい感覚に、
腰をベッドに下ろしてしまうが、
彼女の口は、男性器を咥えたまま離そうとしない。
そのまま、二度目の射精を迎えることも、珍しくなかった。

「フェラチオ、好きなの?」
「嫌い」
何度尋ねても、彼女はそう答えた。
「精子が好き、とか?」
「それはもっと嫌い」
ベッドの上で、全裸でまどろむようにゴロゴロと寝返りを打つ彼女の背中を撫でながら、
そう尋ねたことを憶えている。
確か僕達が二十歳になる前のある日だったと思う。
雨が降っていたような気がする。
風も少し凪いでいた気もする。
要は、普通の日ということ。
会社を二人で休んで、朝から交わり、
そして日が暮れた一日。
それは当時の僕達にとって、特に珍しいことでもなんでもなかった。

「じゃあ何であんなに熱心にするんだ?」
「君が好きだから」
決まってるでしょ?と言わんばかりに、彼女は何気なくそう言った。
僕が返事を返せないでいると、聞こえなかったのかと思ったのか、
「き、み、が、好きだから」
と一字一句区切って、はっきりとそう言い直した。
「じゃあ僕の精子は好きなんじゃないの?」
「当たり前じゃない」
「さっきは嫌いって言ったよ」
「君の、って言ってない」
拗ねたように彼女はそう答えた。
そういえばそうだった。
彼女は全裸のまま僕の上にまたがると、
「ねえ俊君」と僕の名前を呼んだ。
「なに?」
「あたし、君が初恋かも」
僕は、君が初恋なんかじゃないし、
そもそも好きでもない。
ただ君とのセックスは最高で、
こうやってずっと動物みたいに、
朝から晩まで交わっていたい。
それだけなんだ。
もちろんそんな事が言えるわけもなく、
僕は「そうなんだ」と一言口にするだけ。
エリコは、落胆を隠せないように、
その大きな瞳に影を落とすが、
すぐにその表情に笑顔を戻し、
僕の唇を求めてきた。



===================================================================


なんだこれは?
眉をしかめてモニターを睨みつける。

まずこの話は創作なのか、実話なのか?
もし創作なら、これは笹島のただの妄想?
エリコのモデルは枝里子?
仮に、もし万が一実話なら……

色々な考えが頭を駆け巡る。

よくよく見ると、エピソード毎の区切りで、
読者がコメントを残せるようになっている。

『すごく興奮します。なんでこれだけ隠しページなんですか?
 もしかして体験談なんですか?』
というコメントに、
『感想ありがとうございます。
 隠した理由は、単純に18禁ものなので、
 恥ずかしかったからです(笑)
 実話かどうかは、ご想像にお任せします』
と笹島の返信が残っていた。

目頭を押さえながら思案に耽ようとするが、
どうにも思考はまとまらず、
代わりに嫌な動悸だけが焦燥感を際立たせる。

数分程度だろうか。
何も考えれないまま、それでも何かを考えようとして、
そして一つの結論を出した。
結論なんて上等なものじゃない。
それはただの開き直り。

これはただの創作だ。
何も証拠なんてない。
それに仮に、
もし万が一、
実話を基にした話だとしても、
それはもう確実に過去の話だ。
作中でも今では二人にはもう関係がないことを冒頭で示唆している。

これから出産を控え、そして新しい家族を養っていかなければならない俺には、
こんなことに心労を感じている暇などない。

そう思い、そのページをそっと閉じた。

PCの電源を落とした後も、妙な虚無感に襲われ、
その場を離れることが出来ない。
あの二人がそんな関係だった?
まさか。
少なくとも、社内では二人が仲良さげに喋っているところなど見た事がない。
作中でも、二十歳を境に会わなくなったと書いてあった。
丁度、俺と枝里子が付き合いだした頃だ。
時期としては合っている。

そしてある一つの事実を思い出す。
俺が枝里子と付き合いだしたきっかけ。
枝里子がプライベートで悩みを持ち、
そして俺がその相談に乗ったこと。
その内容は、
『好きな人がいたけど、忘れられない』
ということだった。

当時彼女に片思いをしていた俺には、
その相談は真っ向から受け止めるには重過ぎるものだった。
しかしそこを食いしばり、誠実な相談を続けるうちに、
やがて彼女の信頼を勝ち得たのだ。
当時は嫉妬からくるものだったが、
その枝里子の好きだった人が具体的に誰か、
という事は聞いたことがなかった。
ただ彼女は
『とても、頼りになる人』とよく言っていた。
当時の俺は、嫉妬の炎をめらめらと燃やしていたことを思い出す。

全ての符号が一致した。
でも、だからどうしたと、その不安を一蹴しようとする。
あれが実話だろうが創作だろうが、
枝里子にも俺以外の男性と交際した経験なんて、
いくらでもあるはずだ。
実際俺にだってある。
だから本来なら、ここまでショックを受ける必要なんてないはずなんだ。

そりゃ多少の嫉妬は仕方が無い。
心から愛してる女性の、過去の男性遍歴など、
大金を積まれても聞きたいものではない。

なのに、俺の心はそれを納得して受け入れることが出来ない。
それは自分の器量の問題だろうか?

背もたれに体重をかけて、天井に向けて大きく息を吐く。
馬鹿馬鹿しい。
こんなのは、全てただの被害妄想だ。
推測ですらない。
そう思う。
そう思いたいのに、
先程の小説の影響か、
俺の脳内は、
笹島の勃起した性器を、口で奉仕をする枝里子の姿を、
鮮明に思い描いてしまう。

そんな折、再度扉が開く。
「あれ?どうしたの?」
いつもどおりの妻の声。
「いや……なんでもない」
「そう?」
怪訝な表情を浮かべながらも、そしてベッドに腰掛ける枝里子。
俺はその背中に、無意識のうちに問い掛けてしまう。
「笹島のさ、下の名前って何だっけ?」
「へ?」
彼女は珍しい生き物を見るかのような目で俺を見る。
「いや、笹島の名前」
「なんで?そんなの知らないよ」
首を傾げて、より一層不思議そうな表情を浮かべる枝里子。
「そうか。うん。そうだよな。
 付き合い長い後輩でも、下の名前って案外わからないもんだな」
とても芝居とは思えないその仕草に、俺の胸は安堵感を覚える。

もしあの小説のエリコのモデルが枝里子だったとしても、
それは枝里子に片思いをしていた笹島の願望であり、
そして妄想なのだろう。
確かにそんな小説、女々しくて隠したくなる気持ちもわかる。

雨雲にミサイルを撃ち込んだかのように、
青々しい空が頭の中に広がる。
先程まであんな事に悩んでいたのが恥ずかしい。
「急になんで?」
「いや、そういえばなんだったかなーって」
「変なの」
枝里子は肩をすくめて、布団に入った。
俺もそれに続く。

電気を消して十分ほど経った。
いつもなら、寝入りのいい枝里子の寝息が聞こえてくる時間だった。
しかし今晩は、なかなかそれが聞こえてこない。

突然、枝里子の手が俺の股間に伸びる。
俺は、先程の妄想から、いまだに勃起していた。

枝里子の手は、パジャマ越しにそれを一度握るように撫でると、
くすくす笑いながら、「……やっぱり、溜まってるの?」と呟いた。

「いや、そういうわけじゃ……」
「でも、じゃあ、なにこれ?」
そう言いながら、股間を撫でる強さを強める。
俺はその快感に、返事が出来ずにいると、
枝里子は「……もう」と、呆れたように笑い、
もぞもぞと掛け布団の中を移動すると、
俺の勃起したそれを取り出し、
髪を耳にかき上げると、ゆっくりと咥えてきた。

やはり先程の、エロサイトを観ていたという誤解は解けていなかったのだろう。
確かに妊娠以来、枝里子との性行為は一切行っていない。
というよりは、他の女性とはもちろん、自慰すらしていなかった。
以前枝里子は、
「男の人ってムラムラしちゃうんでしょ?」
と性欲が溜まるのを心配して、
「手や口でしてあげようか?」
と提案してきてくれたことがある。
それを俺は断った。
妊婦というものを神聖視するあまり、
そういうことを要求するのは、どこか罰当たりのように感じたからだ。
セックスなど、もっての外だ。

掛け布団の中から、ちゅぱちゅぱといやらしい水音が流れてくる。
奥まで咥えたと思ったら、一旦取り出して、
舌だけでカリを執拗に攻めてくる。
基本的には手を使わない、いつも通りの枝里子のフェラチオ。
もしあの小説が実話だったなら、
このやり方も、笹島に教え込まれたものなのだろうか。
そんな妄想にとりつかれ、そしてそれは、
大きな性的興奮を与えてきた。

やがて射精に及ぶと、枝里子はそれをティッシュに吐き出し、そして捨てた。
そういえば、飲まれたことやフェラで掃除など一度もない。
やはりあれは、ただの妄想だったのだ。

布団に入りなおすと、俺は照れくさかったのだが、
「ありがとう」とだけ言葉をかけた。
枝里子はクスクス笑いながら、
「どーいたしまして」と返事をした。

そして数秒の間を置き、
「ね?無理しないでいつでも言ってね?」と
はにかみながらそう付け加えた。
「わかってるよ」
「あたしがいるのにさ、変なサイトとか観られるの、正直傷つくよ?」
誤解だよ、そう言おうと枝里子の方へ向き直った刹那、
彼女の唇を口に押しつけられる。
少し精液臭かったけど、でもそれは、
彼女が自分のものであるという安心感を与えてくれた。



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