まだ全然エロくないし、夫婦がお互いにノロケるだけだけどひとまず触りの部分を投下します
278 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 02:11:52.36 ID:yAOhGlis
【夫視点】
俺は幸せ者だ。
朝の支度をする智美の後ろ姿を見て、つくづくそう思う。
我が妻、智美の今日のいでたちはいつも通りのフォーマル。
濃紺のジャケットを羽織っていてもそのウエストはまるでモデルみたく引き締まっているのがよく分かるし、
そのくせタイトスカートに包まれたお尻は女性らしさに満ちた魅惑的な曲線を描いている。
それが智美の機敏な動きにあわせてひょこひょこと揺れるのを見せられてはたまらない。
毎朝後ろから襲いかかってそれを撫で回したくなる衝動を堪えるのに四苦八苦させられる。
本来なら、俺達は夫婦なんだから堪える必要なんてないはずないのだけど……
279 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 02:13:01.86 ID:yAOhGlis
「伸吾、目がスケベになってる」
肩越しに振り返って、智美はぴしゃりと言い放つ。
うっすらと茶色がかったミディアムヘアがさらりと揺れる。
朝から愛しい妻を不機嫌にさせたくない俺としては、素直に「ごめん」と謝るしかない。
彼女曰く「仕事とプライベートを混同するのは不健康」だそうで、
いったんフォーマルスーツに身を包んだら一切そういうことはしない。
そういう誓いを結婚当初に立てさせられた。
どうやら彼女の中では「たとえ家に居てもスーツを着込んだらもう仕事が始まっている」という意識らしい。
1回だけそれを破って後ろから抱きついてみたら、かなり本気で怒られた。
結婚から2年と少し。
未だに視線だけで怒られるあたり、
どうやら智美はこの誓いを一生続けるつもりのようだ。
一度でいいからタイトスカートの上からお尻を撫で回してみたい。
そしてスカートの中に手を突っ込んで、黒タイツに包まれたふとももを思いっきりまさぐってみたい。
男なら誰しもが抱く衝動だと思うんだけど、どうやらその欲求が満たされることは永遠になさそうだ。
280 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 02:13:25.79 ID:yAOhGlis
「いただきます」
朝の食卓。
2人とも忙しいので、朝はいつも簡単だ。
トーストと夕飯の残りもののサラダ、それとコーヒー。
そんなありふれた朝の食事も、智美と2人でテーブルを挟んで食べるのならば、
とたんに何物にも代えがたいご馳走と化す。
大げさなようだけど、彼女の顔を眺めていると本気でそう思えてくる。
スーツ姿がよく似合う美人系の顔立ち。
笑うとすごく柔らかい印象になるんだけど、
無表情で居るときつそうに見られることも多いらしい。
実際俺も大学で知り合ったばかりの頃はどことなく近付きがたいものを感じていた。
高嶺の花というか、どうせ俺なんかじゃダメだろうと思わせる雰囲気が当時の智美には確かにあった。
281 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 02:13:53.99 ID:yAOhGlis
「なによ、じっと見て」
俺の視線に気がついた智美が無表情のまま言ってくる。
昔はこんなことにもいちいち慌てたりしたけど、別に怒っているわけじゃないと今なら分かる。
「いや、綺麗だなと思って」
「……ばか。いい加減に飽きないの?」
「飽きないな。ちっとも」
「もう……早く食べないと遅刻するわよ」
彼女はくすぐったそうに笑う。そんな一つ一つの仕草がたまらなく愛おしい。
こんなふうに根気よく智美を口説き続けた末に今の生活があるわけだ。
途中で何度も挫折しそうになったけど、諦めなくてよかったと心から思う。
付き合い始めてから分かったことだけど、なんと智美にとって俺が初めての彼氏だったらしい。
初デートもファーストキスも初体験も何から何まで俺が奪って、
これからも智美の魅力を独り占めし続ける。
そう思うといつも優越感に浸ってしまう。
今のところ、スーツ姿でエッチさせてくれないことを除けば結婚生活に何の不満もない。
そろそろ子供を作ってもいいかなとは思うけど、智美は「今は仕事を休みたくない」と言うので先送りにしている。
急ぐ必要はどこにも無い。
これから先もずっとこれを続けていくために、と思えば仕事にも張り合いがでるというのだ。
282 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 02:14:19.47 ID:yAOhGlis
「それじゃあ行ってきます。今日はそんなに遅くならないと思う」
「いってらっしゃい。私もいつも通りに帰ってこられると思うわ」
出かける時間は俺のほうが少し早い。
いつも通り今夜の予定を言い合って、玄関先で軽く唇を重ねる。
仕事とプライベートの線引きにこだわる智美だけど、これだけは許してくれている。
彼女曰く「だって伸吾ったら、キスしてあげないと捨てられた子犬みたいな目をするんだもの」だそうな。
情けない男と言われているようで複雑だが、そのおかげでいってらっしゃいのキスをうけられるんだったら安いものだ。
足取りも軽く、俺はいつものルートで駅へと向かった。
283 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 02:14:40.26 ID:yAOhGlis
【妻視点】
伸吾を見送ってから10分ほど経って、戸締まりを確認してからマンションのガレージへと向かう。
歩きながら、気付けば指先で唇に触れている。キスの名残を惜しむみたいに。
(……ふふ)
その感触を思い出すだけで、温かいものが心に満ちていく。
本当に、自分でも呆れるくらいに伸吾のことが好きだ。
ほんの5,6年ほど前までは自分がこんなふうになるなんて想像も出来なかった。
284 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 02:15:03.35 ID:yAOhGlis
伸吾と出会う前の私は、ずっとコンプレックスを抱えていた。
そんなつもりはないのに、無表情で居るだけでみんなに不機嫌だと思われてしまう。
男は寄ってこないし、女友達ともそれが原因で険悪になってしまったこともある。
でも伸吾だけは違った。
彼は「君の笑った顔が好き」だとか、そんなありふれた言葉は使わなかった。
ただ「君の全てが好きだ」と言ってくれた。
無表情の私も、コンプレックスを抱えた私も、みんなひっくるめて愛すると言ってくれた。
あの告白を受けた瞬間に、私の一生は決まってしまったんだと思う。
少し自分が嫌いになっていた私を変えてくれた彼に、一生ついて行く。
それが私の幸せだ。
285 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 02:15:17.64 ID:yAOhGlis
恋人だった頃と同じように今もお互いを名前で呼び合っているのも、私が望んでのことだ。
夫婦という形式としてじゃなくて、お互いを愛し合っているから一緒に居るんだといつも実感したいから。
子作りをまだしていないのだって、本当の理由は伸吾に言っているのとは別にある。
私はまだまだ彼と二人っきりの時間を過ごしたいのだ。
子供は居たら居たできっとかわいいのだろうし、別に2人の邪魔にはならないのかもしれない。
でも今はまだ彼との時間を大切にしたいと思う。
朝の情事を避けているのだって――
こんなこと、恥ずかしくて一生言えないだろうけど――
本当は仕事とプライベートの線引きなんてことにこだわっているわけじゃない。
伸吾に求められたら私はいつだって全力で応えてしまうと分かっているから。
仕事なんて放り出して、いつまでも彼の腕に抱かれていたくなってしまうから。
歯止めをかけないといけないのは、実のところ私のほうなのだ。
286 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 02:15:44.67 ID:yAOhGlis
なんて、とりとめのないことを考えながら車を走らせているうちに会社へと到着する。
車を降りて、すれ違う人と挨拶しながらエレベーターへ。
向かうは最上階、社長室だ。
当初は何の変哲もない事務職として入社したはずが、入社二年目にしてまさかの大抜擢。
今では社長秘書なんてものをやっている。
正直柄じゃないのだけど、社長直々に請われたのでは断るわけにもいかない。
社長室の前に立ち、手鏡で身だしなみをチェックしてから静かにドアをノックする。
「失礼します」
ドアを開くと、今日も社長の姿は既にデスクにあった。
いわゆる“重役出勤”というものはこの人には当てはまらない。
「おはようございます、トモミ」
そう言って私を出迎えるのは、桐谷啓治社長。38歳にして従業員数500を超えるこのIT企業のれっきとしたトップだ。
名前は日本人そのものだがドイツ人と日本人のハーフで、
15年前にこの会社を興す前まではドイツと日本を行ったり来たりの生活だったのだとか。
私を下の名前で呼ぶのも特別馴れ馴れしくされているわけではなくて、その頃の習慣によるものらしい。
実際さほど嫌な感じはしないので気にしないことにしている。
287 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 02:16:01.02 ID:yAOhGlis
「おはようございます」と返しながら、いつもと変わらぬ社長の姿を目に映す。
一目で白人の血が入っていると分かる白い肌、薄いブラウンの瞳。
何よりハーフ特有の小顔に、これが「美形」の見本だと言わんばかりの整った造作。
そこに加えて決して偉ぶらない態度、丁寧な物腰、
さらにいつも人当たりの良い笑顔を浮かべているのだから、女性社員に騒ぐなと言うほうが無理というものだ。
私から見ても、確かに美形ではあると思う。伸吾が居るからそれだけで胸が騒いだりはしないけれど。
288 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 02:16:30.12 ID:yAOhGlis
そういう立場にある人の宿命として、この人もまたいろいろな噂話の対象になっている。
曰く、この容姿を利用して取引先の女性役員に取り入っているだとか。
気に入った女性社員を次々とテゴメにしているだとか。
それが何かしら根拠のある噂なのか、女性社員たちの願望から来る妄想なのかは定かではない。
私が社長秘書になると決まったときなんて大変だった。
「テゴメにされないようにね、智美」
何人の人にそう言われたか分からない。
そして決まって、言葉とは裏腹に彼女らの顔には「テゴメにされてこい」と書いてあるのだ。
本当に嫌気がさしてきたのをよく覚えている。
そもそも私が来るまでは、どこからか引き抜いてきたという定年間近の男性が秘書をやっていたのだ。
秘書の仕事のノウハウもその人に手ほどきしてもらった。
その人が定年退職した今は私が1人で秘書業務をこなしているが、
そうするようになってからの1年と少しの間にも何かしらのアプローチを受けたことは一度も無い。
きっとあれは単なる下世話な噂話だったのだろうと私の中で結論づけている。
289 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 02:16:52.77 ID:yAOhGlis
いつものようにコーヒーを淹れて、今日のスケジュールを確認する。
会議やら取り引きやらで今日も社長のスケジュールはいっぱいいっぱいだ。
これにまた突発的なトラブルなどがあれば緊急の会議などが入るわけで。
本当によく倒れないものだと感心する。
一通りスケジュールの確認が終わると、社長はにっこりと笑っていつもの台詞を言った。
「今日も綺麗だね、トモミ。今日も1日よろしくお願いします」
「ありがとうございます。では、失礼します」
一礼してから社長室をあとにして、秘書室へと向かう。これから書類の作成やらいろいろな事務仕事が待っている。
「綺麗だね」と言われたとき、私はきっといつもの“不機嫌”な無表情だったと思う。
この間まで一緒に働いていた先輩秘書にはよく言われたものだ。
「社長のあれは君に気持ちよく働いてもらうために言ってるんだ。
大げさに喜べとはいわないが、せめてニコリとくらいはしたらどうだね」
そう言われても、伸吾以外の人にああ言われて、
たとえ演技でも喜んでみせるというのは裏切りだと思う。
だから出来ないと正直に答えたらもうそれ以上は何も言われなくなった。
「君がそういう人だから社長も君を秘書に選んだのかもしれないな」
なんてことも言われたけど、意味はよく分からない。
この日は特にトラブルもなく、平穏に1日が終わった。
早く帰って伸吾の顔が見たい。
290 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 02:17:06.41 ID:yAOhGlis
【夫視点】
仕事が終わって、家でのひととき。
この歳で親父臭いかもしれないけど、このために生きてると実感できるひとときだ。
今日は俺のほうが早かったので晩ご飯は俺が作った。
大したものは作れないけど、智美は「おいしい」と言って食べてくれる。
夕飯が済んだ後はテレビを見ながらゆったりとくつろいで、それぞれ風呂を済ませてから寝室へ入る。
そうして始まる夜の営み。
結婚してから2年になるけど、何かよっぽど体調が悪いだとかの理由があるとき以外は毎晩欠かしたことはない。
「電気、消してよ……」
俺の粘りに対する、いつもの台詞。
恥ずかしがりの智美は、明かりを全部消してからじゃないとエッチさせてくれない。
一緒に風呂に入ることもあるし、朝の着替えなんかは俺の見てるところでやってるんだけど、
それとこれとは別問題なのだとか。
そういうところもかわいいと思う。
少し残念ではあるけど、智美に嫌な思いはさせたくないので素直に従う。
今日もゴムはしっかりつけた。
親父とお袋に初孫の顔を見せる日はもう少し先になりそうだ。
291 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 02:18:28.43 ID:yAOhGlis
ひとまず以上です。
誤字脱字などがあったらすみません。
こんなふうに視点を交互に入れ替えながら進めていく予定ですが、
後半になると段々と夫の存在が薄くなってしまうと思います。
それでもよければ引き続きご覧下さい。
では、また明日以降に
296 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 17:15:02.43 ID:yAOhGlis
【夫視点】
次の日。
朝礼が終わってすぐに課長のところへ呼び出された。
「……出張、ですか? 明日から?」
それも1日ではなく、二泊三日だという。
今日が水曜だから木、金と向こうに泊まって土曜に帰ってくることになる。
まさに青天の霹靂だった。
「すまんな、急で。
お前のところもまだ新婚だし、出来れば気を遣ってやりたいところなんだが……」
人のいい中間管理職の課長は、申し訳なさそうに顔をしかめている。
そんなのを見せられると何も言えなくなってしまう。
「何か特別な用事があるなら他に回すこともできるが、どうする?」
「……いえ、特には」
智美との時間はいつも特別です、なんて言えるはずもなく。
しがないサラリーマンのサガとして、上からの命令には逆らえない俺だった。
297 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 17:15:16.92 ID:yAOhGlis
【妻視点】
「え、出張?」
夜の食卓でいきなり伸吾がそんなことを言い出したので、思わず驚いてしまった。
「ごめん、急に言われてさ……明日から土曜まで家をあけることになったよ」
「そんな……」
あまりにも急なことだったので、とっさに言葉が出てこなかった。
明日も明後日もこうして伸吾と夜の時間を過ごすものだとばかり思っていたのに。
「帰りは土曜だったわね。何時くらいになりそうなの?」
「多分いつもと同じか……もしかするとそれより遅くなるかもしれない」
伸吾は見るからに肩を落としてすっかりしょげている。
一時でも伸吾と離れるのはひどく寂しいけど、この人も同じ気持ちで居てくれるのだと思うと少し嬉しい。
そうだ、と思い直す。
こんなとき良き妻がすべきことは、ワガママを言って夫を困らせることではないはずだ。
「そう。仕事だものね。しょうがないわ」
「……ごめん。ありがとう」
「いいのよ。さあ、それなら早くご飯を済ませて荷物を準備しなきゃ」
意図的に明るい声を出して、気持ちとは反対のことを言う。
明日からしばらく離れることになるなら、今夜はゆっくりと2人の時間を過ごしたいのだけど――
それは単なる私のワガママだ。
そんなことで伸吾を困らせてはいけない。
298 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 17:15:42.32 ID:yAOhGlis
【夫視点】
「ふう……」
夜のお勤めが終わって、ごろんとベッドに寝転がる。
何度抱いても智美の体は最高だ。
これから二晩もこれを味わうことが出来ないのだと思うと、ひどい絶望に見舞われる。
「……ねえ」
ふと、右腕が柔らかな感触に包まれた。
いつもならコトが済んだらすぐに智美は身なりを整えてしまうのに、今夜はまだ裸のままだった。
さほど大きくはないけど形のいいおっぱいがじかに俺の右腕を挟んでいる。
さっき出したばかりなのに、また股間が熱くなってしまいそうだ。
「どうしたの? もしかして、もう一回?」
期待をこめて訊くと、智美は恥ずかしそうに顔をうつむけた。
もしかすると頷いたつもりなのかもしれないけど、動きが小さすぎてよく分からない。
ならいっそ、と都合のいいように解釈することにして、おもむろに唇を重ねる。
「んっ……」
俯いていた顔を上げて、智美はそれに答えてくれる。
舌を絡ませ合いながら、愛おしいその体を再び抱き寄せた。
一旦萎えていた股間のものはもう完全に回復している。
299 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 17:15:57.42 ID:yAOhGlis
「あの……」
俺に組み敷かれながら、智美は控えめにこんなことを言ってきた。
「伸吾の好きにしていいから」
「ん? 好きに、って? いつも好きなようにやってるけど……」
「そうじゃなくて……電気、つけたいならつけていいから……
伸吾のしたいことなら、今日はなんでもしてあげる」
恥ずかしがりの智美がここまで言ってくれるのは滅多にないことだ。
ここへきてようやく、智美も俺と離れるのが寂しいんだと思い至る。
とすると、夕食の時の態度は俺を思って我慢してくれていたのだろうか。
そう思うと心が愛おしさでいっぱいになる。
「無理しなくていいよ。智美の嫌がることなんて、俺はしたくないから」
「伸吾……」
再び唇を重ねる。
本当は早く寝ないといけないのだけど、2人の夜はまだまだ長くなりそうだった。
300 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 17:16:11.92 ID:yAOhGlis
【妻視点】
伸吾が出張へ発つ朝。
拍子抜けするほど、伸吾はいつも通りだった。
もし朝から襲いかかられても、今日だけは身を任せるつもりだったのに。
そのせいでちょっとくらい仕事に遅れても――
なんて思ってしまうのは、一般に言う「爛れている」というやつなのだろうか。
「それじゃあね。夜になったら電話するよ」
「ええ。いってらっしゃい。気をつけて」
玄関先でいつも通りに唇を重ねる。
今日は少し特別なキスを期待していたのに、いつもと何も変わらず、
ごく軽く唇を触れ合わせただけで伸吾は離れていってしまった。
ドアの向こうにその姿が消えてしまって、少しの不安と不満が残る。
いい加減に、伸吾も分かってくれてもいいのに。
私がどれくらい伸吾のことを愛しているのかを。
301 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 17:16:27.07 ID:yAOhGlis
予想していた通り、今日は張り合いのない一日となった。
帰っても伸吾が居ないと分かっているのだから、何を楽しみに働けばいいのか分からない。
「どうかしましたか、トモミ?」
どうやらそれが見た目にも出てしまっていたらしく、ついには社長にそんなことを言われてしまった。
いけない、しゃんとしなければ。
そんなこんなでどうにか仕事を終えて、伸吾の居ない家へと帰る。
2LDKのマンションは、1人で過ごすにはあまりにも広い。
伸吾は約束通りに電話をかけてきてくれた。
今日あったことを報告し合ったりだとか、とりとめのないことを30分ほど話したけど、
それが終わるとまた家の中は静まりかえってしまう。
テレビをつけてみても、ちっとも気は紛れない。
こんなときはさっさと寝てしまうに限る、と、いつもより随分と早い時間からベッドに潜り込んだ。
伸吾の匂いの染みついた布団にくるまって眠れば少しは落ち着くかと思ったけど、
寂しさが余計に募っただけだった。
伸吾、早く帰ってきて。
302 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 17:16:46.40 ID:yAOhGlis
次の日も同じことの繰り返しだった。
伸吾が居なくても仕事はいつもと何も変わらない。
社長と居る時間のほうが伸吾と話す時間よりも長いというのはある種の異常だと思う。
「昨日にも増して元気がありませんね。体調がよくないのだったら遠慮せずに言って下さい」
ついには社長にそんな心配までされてしまった。
「別にどうもありませんよ」と答えたらそれ以上追求されることはなかったけど、
これでは秘書失格だ。
それにしても社長はよく私のことを見ているのだなと感心させられる。
プライベートを仕事に持ち込むのは、仕事の出来ない女のすることだ。
せめて外に居る間は気持ちを切り替えよう。
303 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 17:16:59.34 ID:yAOhGlis
昨日の反省を活かして、今日は仕事が終わってから近所のレンタル屋でDVDを借りてきた。
前々から見たかった映画ではあったんだけど――
見始めてすぐに「失敗した」と気がついた。
どうして恋愛ものを借りてきてしまったんだろう。
気が紛れるどころか余計に虚しさが募ってきて、途中でやめてしまった。
時間とお金を無駄にしてしまった徒労感も相まって、もう何もする気力が起こらない。
伸吾との電話をしている間だけは少しだけ心が満たされたけど、
それが終わってしまったら会いたい気持ちが余計に募ってしまう。
何もすることがないので、今日もさっさと寝ることにする。
明日は土曜。
仕事は休みだけど、伸吾は居ない。
304 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 17:17:13.30 ID:yAOhGlis
思ったより早く仕事が終わったから、予定より早く帰れそうだ――
なんて、そんな喜ばしい報告もなく。
朝にかかってきた電話の内容からすると、
やはり伸吾が帰ってくるのは夜になりそうだ。
ひとまずは伸吾が気持ちよく帰ってこられるように、
自宅の掃除をすることにした。
といってもさほど広いわけでもなく、伸吾も私も日頃からこまめに掃除をするほうだ。
細かいところまで徹底的にやっても午前中のうちに終わってしまった。
さて昼からどうしようとしばらく考えて、会社に出ようと決めた。
急いでやらなければいけない仕事はないけど、細かい雑務は溜まったままだ。
それをやっておけば気は紛れるだろうし、来週は早めに帰れる日が増えるかもしれない。
時間の潰し方としては完璧だ。
手早く支度を済ませて、綺麗に片付いた家をあとにした。
305 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 17:17:36.85 ID:yAOhGlis
土曜に出勤するのなんて随分と久しぶりだ。
記憶にある範囲では、少なくとも私が1人で秘書をやることになってからは初めてのことだと思う。
先輩秘書が居た頃には、1人だけ休日出勤させるのも申し訳ないのでそれに付き合ったりはしていたのだけど。
社長室の前を通り過ぎようとして、もしかして、と思ってドアをノックしてみた。
案の定、中から「はい」と社長の声が返ってくる。
ドアを開けるといつも通りの柔らかい笑顔に出迎えられた。
「やあトモミ。珍しいね、君が土曜に来るなんて」
「ええ、ちょっと……」
「溜まっている仕事でもあったのかい?」
「……はい」
本当はいつやってもいいような仕事なのだけど、と心の中で付け加えながら、
秘書の癖として社長のデスクをチェックする。
コーヒーカップは置いてあるが、中身が空だ。
「社長、コーヒーをお入れしましょうか?」
「ああ、ありがとう。お願いします」
ありがとう、と口にするときの社長の笑顔は、
いつも浮かべているのとは違って本当に嬉しそうだった。
そんな細かいことに気付くあたり、
なんだかんだで私もこの人のことをよく観察しているのだなあと思う。
306 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 17:18:04.34 ID:yAOhGlis
そういえばここ数日、伸吾との電話を除けば会話らしい会話をした相手はこの社長だけかもしれない。
そんな親近感と寂しさが相まってか、コーヒーを渡すとき、いつもなら言わない世間話がつい口をついた。
「社長こそ、会社が休みでも毎日出てこられているのですか?」
「ん? いや、そんなことはないんですけどね。ああ、どうもありがとう」
コーヒーを受け取りながら、社長はぽりぽりと首のあたりをかいた。
なんだかこの人らしくない、どこにでも居る普通の青年じみた仕草だ。
「なんせ独り身ですから。家に1人で居てもヒマでね。
こうして仕事をしているほうがかえって気が楽なんですよ」
みんなが知っている「やり手の社長」とはまた違った一面を垣間見た一言だった。
なんだ、この人も私と同じようなことを考えるんだな――
そんなことを思った、その時だ。
307 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 17:18:17.98 ID:yAOhGlis
(……えっ?)
とくん、と胸が高鳴った。
確かに美形ではあるけど、特別なものは感じない――
そんなふうに思っていた社長の柔和な表情が、なんだかいつもと違って見える。
おかしい。こんな感情、伸吾以外の男の人に抱くはずがないのに――
「トモミ? どうかしましたか?」
訝しげな社長の声ではっと我に返る。
今、私は何を考えていたのだろう?
「い、いえ。何でもありません。それでは、私は秘書室に居ますので……」
「うん。何かあったら声をかけさせてもらいます」
返事もそこそこに、そそくさと社長室をあとにする。
私は、イケメンなんかになびいたりしない。
そう思っていたのに――
(ごめんね、伸吾)
こんな気の迷いが生まれるのも、きっと伸吾が居ないからだ。
申し訳なさと、早く会いたいという気持ち。
両方が猛烈に募ってきて胸が押しつぶされそうだ。
308 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 17:18:35.19 ID:yAOhGlis
それから数時間。どうにか気持ちを落ち着けて仕事に集中していたら、ふいに携帯が鳴った。
伸吾からだ。
喜び勇んで通話ボタンを押し、期待を胸に耳へと押し当てる。
『……もしもし』
が、電話越しに聞こえた伸吾の声を耳にした瞬間に分かった。
きっとよくない報せだ。
『ごめん。仕事が長引いてて……帰るのが遅くなりそうなんだ』
半ば予想していたとはいえ、ショックだった。
まだこんな想いを続けないといけないなんて。
「遅くなりそうって……もともと帰りは夜になるって言ってたわよね?」
『うん。だから、その……』
「え。ちょっと待って。まさか今夜も帰って来れないの?」
『……ごめん』
「そんな……」
目の前が真っ暗になった。
夫の帰りが一日遅れたくらいで何を、と世間の妻たちはきっと言うだろう。
でも私にとってこれは紛れもない一大事なのだ。
特に、あんなことがあったあとでは――
309 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 17:18:51.15 ID:yAOhGlis
「明日のいつぐらいに帰って来れそう?」
『分からない。もしかすると夜になるかも。
月曜と火曜は代休もらえるらしいけど……』
「それじゃあ意味がないじゃないの。私はいつも通り仕事なのに」
思わず口をついたその台詞は、少しきつい口調になってしまった。
「……ごめんなさい。怒ってるわけじゃないの」
『うん。ホントごめんな、智美。お土産ははずむから』
そんなものは要らない。早くあなたに会いたいの――
素直にそう言えたら少しは楽になるんだと思う。
けどそんなことを言っても伸吾を困らせるだけだと分かっているから。
「うん。楽しみに待ってるわ。無理はしないでね」
結局、私に言えるのはそんなことしかない。
『ありがとう。智美、今はどこに居るの?』
「えっ……今は……ちょっと、外に出てるんだけど」
何故だろう。
「会社に居る」と、とっさには言えなかった。
『そっか。智美も風邪とかひかないようにね。今日も冷え込んでるしさ』
「うん。伸吾こそ――」
そのあと少しだけ話をして、電話は終わった。
私は最後まで本音を言えなくて――
そして最後まで「今会社に居る」とも言えなかった。
310 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 17:19:16.82 ID:yAOhGlis
沈んだ気持ちで仕事をしているうちに、いつの間にか時刻は6時を回っていた。
そろそろ切り上げよう。
社長は取引先に出かけたまま帰ってきていないが、
好きな時間に帰ってくれていいと言われたので問題はないはずだ。
そんな短い会話を交わすだけでも、社長の顔はやっぱりいつもとは違って見えた。
ああだこうだと騒いでいる同僚達の気持ちが、今なら分かるような気がしてしまう。
本当にどうしてしまったんだろう、私は。
たった数日伸吾に会えないだけでこんなに不安定になるとは思ってもみなかった。
自分で自覚している以上に、私は伸吾に依存しているのかもしれない。
その夜。家に帰った私は、学生時代の女友達に電話をかけた。
岩崎美佳。
付き合いの期間だけなら伸吾よりも長い、私の親友だ。
『おっす智美。久しぶり』
学生時代と何も変わらない、軽い調子の声。
私たちはたっぷり小一時間かけてひとしきりお互いの近況を語り合ったあと、
やっとのことで本題に入った。
311 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 17:19:44.42 ID:yAOhGlis
『……で? 何か話したいことがあるんでしょ?』
「うん……あのね美佳、変なことを訊くようだけど……」
『だいじょぶ。智美はいつも変だから』
「……ちょっと?」
なんとも失礼なやつだ。
でもこの子に言われるとちっとも嫌味に感じない。
『冗談。で、どうした?』
「うん。あのね……好きな人が居るのに、他の男の人にドキっとしちゃうことって……
浮気になると思う?」
『へっ……』
美佳は一瞬の間絶句したあと、「ぶぶっ」と吹き出した。
『アンタねえ……それが25歳の人妻が言うことですか』
「え……変かな?」
『あー、まあアンタはろくに恋もしないで結婚しちゃったからなあ』
「恋ならしたわよ」
『高峰君と、ね。他の男は知らないでしょ』
高峰君、というのは伸吾のことだ。つまり今の私の姓でもある。
「……知らなくていい」
『それで今困ってるんでしょうに。いい?
他の男にドキっとしたり、ちょっと目を惹かれたりするくらいは普通のことよ。
気にするほどのことでもない。
大体、それ言ったらアンタの夫だってアイドルとか見て鼻の下伸ばしたりしてるでしょうに』
「え……してない、かな。智美がこの世で一番だ、っていつも言ってくれるから」
『あー、はいはい、ごちそうさま。まあ高峰君ならそうかもね。
いいわ。とにかく、アンタが感じたのは別に特別なものでも何でもないの。
高峰君は明日帰ってくるんでしょ?
愛しい旦那様に思いっきり甘えて、さっさと忘れちゃいなさい』
「それでいいのかな?」
『それ以外にどうしろってのよ』
「そっか。……うん、ありがとう。ちょっと気持ちが軽くなった」
『どういたしまして。感謝してるなら今度甘いものでもおごってね』
それから少し美佳と話して、電話を切った。
やっぱりこの子に話してよかった。
随分と気が楽になったと思う。
そのあと伸吾とも電話したけど、昼間に感じた後ろめたさみたいなものはもうなくなっていた。
312 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 17:20:12.55 ID:yAOhGlis
次の日。
やっぱり伸吾の帰りは夜になるらしい。
掃除は昨日済ませてしまったし、さすがに日曜まで会社に出る気にはならない。
本格的にすることがない。
家に居ても仕方が無いので、買い物にでも出かけることにした。
近くのショッピングモールに行って、1人で服を見繕う。
こうして1人で買い物をするのはいつ以来だろうか。
もしかすると伸吾と付き合い始めてから一度も1人で来たことはなかったかもしれない。
たまにはこういうのもいいな、でもやっぱり少し寂しい――
なんて思いながらぶらぶらと歩いていた、その時だ。
「おや、トモミ?」
聞き慣れた声が聞こえた気がした。
まさか、とは思ったけど、振り向いた先に居たのはやっぱり予想通りの人物だった。
「こんなところで会うなんて。偶然ですね」
「社長! おはようございます」
予想外の遭遇。また気持ちが落ち着かなくなる。
313 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 17:20:30.95 ID:yAOhGlis
社長のいでたちは普段のスーツ姿とは違う、ブルゾンにニット、下はデニムというラフな服装だ。
その整ったルックスはやっぱりここでも女性客の視線を集めている。
「ああ、いいですよ挨拶なんて。今はプライベートなんですから。
トモミの私服姿を見るのは初めてですね。とても素敵ですよ」
「……ありがとうございます」
今日の私はワンピースの上からジャケットを羽織っただけのシンプルな服装だ。
これが似合うのが果たしていいのかどうか迷うところだけど、褒められるのは素直に嬉しい。
そう、褒められたら素直に喜べばいい。
それくらいでは裏切りなんかにならない。
昨日美佳と話してようやく私にもそれが分かった。
「社長はこんなところで何を? どなたかへのプレゼントですか?」
だから、こんな台詞もすらりと言える。
今までは潔癖なまでに無駄話をしてこなかった私だけど、
これくらいはむしろ仕事をスムーズに進めるための潤滑油としてあったほうがいい。
「いえ、いわゆる市場調査というやつで。今どんなものが若い女性に人気なのかを見に来たんですよ」
「なるほど……」
この人もつくづく仕事熱心だ。
この熱心さこそが、この若さで成功を収めた秘訣なのだろう。
「さて、立ち話もなんですし……」
「あ、はい。それじゃあ失礼します」
「ああ、いや――」
立ち去ろうとした私を手で制して、社長は袖をめくって腕時計に目をやる。
たぶん今は12時の少し前くらいだと思うけど――
314 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 17:20:45.27 ID:yAOhGlis
「ここで会ったのも何かの縁です。ランチをご馳走させてもらえませんか?
ちょうど近くにお勧めのイタリアン・レストランがあるんですよ」
「え? でも……」
仕事の上で社長と一緒に昼食をとることはある。
でもそれとこれとは別問題だ。今はお互いプライベートなのだから――
「僕はこういう縁を大事にすると決めているんです。
すみませんが、僕のポリシーに付き合ってはもらえませんか?」
でも、社長の顔を見ていると
“ああ、この人はきっと相手が男の人でもきっと同じ事を言うんだろうな”
と思えてしまって。
気がついたときには「分かりました」と答えてしまっていた。
315 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 17:20:57.04 ID:yAOhGlis
日曜日のお昼時。
落ち着いた空気の流れる店内に居る客は、やはりカップルや夫婦らしき二人連れがほとんどだ。
そんなところに伸吾以外の男の人と二人で居るというのはやっぱり落ち着けない。
やっぱり断ればよかった。
まだお店に入ったばかりだというのに、私は早くも後悔し始めていた。
「どうしました? やっぱり僕が相手では不満ですか?」
「あ、いえ……」
どうやらそれが顔に出ていたらしく、社長にそんなことを言わせてしまった。
いけない。一旦うけると決めたのだから、せめて社長に嫌な思いはさせないようにしないと。
何よりお金を出してもらうのだから、こんな失礼なことを考えていていいはずがない。
「こういうお店はあまり慣れてなくて。えっと、何を注文すればいいんでしょう?」
「ああ、なら僕に任せて下さい。トモミ、何か食べられないものはありますか?」
「いえ、特には」
「分かりました。それじゃあ……」
社長はウェイターを呼んで、何かをすらすらと注文していく。
あのウェイターには私達がどういう関係に見えているのだろう?
恋人か、夫婦か、愛人か……
少なくとも単なる上司と部下だとは思われていないだろう。
そう思うとますます落ち着かない。
316 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 17:21:09.90 ID:yAOhGlis
やがて料理が運ばれてきた。
イタリアンというとボリュームがありすぎて私では食べきれないイメージがあったけど、
社長はちゃんとそのあたりも考えてくれていて、
出てきたものを全部食べきってちょうど腹八分目くらいだった。
社長のお勧めというだけあって、味もかなりのものだったと思う。
食べている間、社長は仕事の話しは一切しなかった。
うるさすぎない程度にあれこれと話してくれて――
うぬぼれみたいだけど、たぶん私を楽しませるために工夫してくれたんだと思う。
おかげではじめは強ばっていた私の気持ちもだんだんとほぐれてきて、
食事が終わる頃には自然と笑顔になっていた。
このあたりは伸吾には出来ない芸当だ。
付き合って間もない頃は、二人きりになってもなかなかうまく話せなくて――
なんて、そんなことを思い出しかけて。
それが伸吾と社長を比べているということだと気がついて、慌てて打ち消した。
317 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 17:21:23.15 ID:yAOhGlis
食後のデザートも終わって、あとは店を出るだけという頃になって。
ふと思い出したように、社長が言ってきた。
「ところでトモミ、どうして今日は一人だったのですか? ご主人はどこに?」
「あ……いえ、実は……」
ここで本当のことなんて言わなければよかったのだと思う。
でも社長の話とおいしい食事ですっかり気持ちがほぐれてしまっていた私は、つい言ってしまった。
「実は今、出張に行ってて……ここ三日ほど家に居ないんです」
まだ夜にはほど遠い時間だ。家に帰っても伸吾は居ない。
そのことを思い出すとまた気分が沈みそうになる。
「そうですか。それは寂しいでしょうね」
「はい……えっ?」
「ん? どうかしましたか?」
「い、いえ。何でもありません」
とっさに目を伏せて取り繕ったけれど、私は気付いてしまった。
そう、“そのことを思い出すと”なのだ。
つまり社長と居る間、確かにはじめのうちは落ち着かなかったけど、
私は寂しさを感じていなかった。
それどころか、家に帰っても伸吾が居ないということすら、
今の今まで忘れていたのだ。
それが何かとんでもないことに思えて、落ち着くために私は水の入ったグラスに手を伸ばした。
「あっ……すみません」
その拍子に、テーブルの上にあった社長の手に触れてしまった。
慌てて引っ込めようとしたら――
それを留めるように、社長の指がそっと私の指先を掴んできた。
318 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 17:21:40.61 ID:yAOhGlis
「え……」
思わず顔を上げて社長と目を合わせたら、そのブラウンの瞳にひどく真剣な眼差しで見つめ返された。
「僕だったら――」
「しゃ、社長?」
「僕だったら、君みたいな女性が家に居てくれたら、仕事なんて放り出してずっと抱きしめてあげるのに」
社長の言っていることが理解できない。
この人は噂とは違って、仕事一筋の真面目な人で――
「ずっと思っていたんです。君のような女性と一緒に暮らせたらって」
「ま、またまた。社長、若い女性には誰でもそんなこと言っているんでしょう?」
「心外ですね。君がそんな風に言うなんて。僕が女性を口説いているところなんて、君は見たことがありますか?」
「そ、それは……」
確かにその通りだった。
だからこそ私だって今の今まで社長を信頼していたのに――
「トモミ。僕がこんなことを言うのは君にだけです」
指先を掴んでいただけだった社長の指が少しずつ這い上がってくる。
私は手を引っ込めることも出来ず、何かを言い返すことも出来ずに、ただ呆然と社長の瞳を見返していた。
やがて私の手がすっぽりと社長の掌に包まれてしまったとき、ついに決定的な一言が来た。
「好きです、トモミ」
静かな店内で聞かされるその声は、聞き違えようなんてなくて。
なのに、社長はもう一度言った。
「愛しています」
何を思えばいいのか、まるで分からなかった。
ぐるぐると思考が渦を巻いてちっとも定まらない。
一度大きく息をはいて、どきどきと早鐘をうつ胸に手をやって――
そうして胸にあてたのは右手で。
今社長の掌に捕らえられているのが結婚指輪をつけた左手だということに気がついたとき、やっと呪縛が解けた。
319 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 17:21:56.54 ID:yAOhGlis
「やめてください!」
鋭く言って、勢いよく立ち上がる。
がたん、と大きな音を立てて椅子が後ろに倒れた。
何事かと周りの客がこちらを見ているのが分かったけど、構っている場合じゃなかった。
「私には、伸吾が……夫が居るんです。こういうのは……困ります」
困ります、という言い方で正しかったのかは分からない。
でも「迷惑です」とは言えなかった。
裏切られたとは思わない。
社長を清廉潔白な人だと思っていたのも、
今日だって何の下心もなく誘っているのだと信じていたのも、
私の勝手な思い込みによるものだ。
それでも。
「帰ります。私の分のお金は出しますから――」
「いや。ここは僕が払う」
短くそう言った社長の声は、今までに聞いたことがないくらい強い調子だった。
「お願いです。払わせて下さい。本当は、こんなことを言うために君を誘ったんじゃなかったんです」
何を今さら――と言いそうになったけど、
社長の真剣な表情を見ていたらきっと嘘じゃないのだと思えてしまった。
だから何も言い返すことができなかった。
「……分かりました。社長、こんなことはもうこれっきりにして下さい。
私も、誰にも言いませんから……」
何故こんなことを言ってしまったのか、自分でも分からない。
こんなのはセクハラだ。
今夜にでも伸吾に泣きついて、しかるべきところに訴え出れば、
社長がどうなるにせよ少なくとも私の転属願いは受理されるだろう。
でも――
伸吾に泣きつく? こんなことを伸吾に話せと言うのか?
無理だ。そんなの、ひどい裏切りだ。
「失礼します」
短く言って、それきり社長のほうには振り向かず、私は足早に店をあとにした。
320 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 17:22:13.73 ID:yAOhGlis
【夫視点】
「伸吾!」
駅のホームから出ると同時に、待ち焦がれた声が聞こえてきて思わず驚いた。
帰りの時間をメールしたときには、迎えに来るとは言っていなかったのに。
智美はたたっと勢いよくこちらに駆け寄ってきたかと思うと、
なんとそのまま俺の胸に飛び込んできた。
「う、うわっ! 智美?!」
当然、思いっきり周りの視線を集めてしまう。
慌てて離れようとしたけど――
「伸吾、会いたかった……」
俺の胸に顔をくっつけたままそう言った智美の声が涙声になっているのを聞いて、諦めた。
「……ごめん」
さすがに恥ずかしい台詞をこんなところで言うのは憚られるので、それだけ口にして、
そっと智美の頭に手を乗せる。
ちょっとくらい人に見られようが、なんだ。
こんな時に妻を抱きしめてやれないなんて、夫として失格だ。
しばらくそうしていたらようやく智美は落ち着いたらしくて、
名残惜しそうにしながらもそっと離れてくれた。
「ごめんね。なんだか我慢できなくて」
赤らんだ顔で恥ずかしそうに言う智美の姿に、思わず俺のほうこそ我慢できなくなりそうだった。
「いいよ。早く帰ろう」
手を差し出すと、智美はぎゅっとそれを胸に抱き込んでぴたりと体を寄せてきた。
手を繋ぐだけのつもりだったんだけど、まあこれくらいはいいだろう。
智美と腕を組んで歩く帰り道は幸せでもあったけど、いつもの5倍くらい長く感じられた。
321 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 17:22:26.52 ID:yAOhGlis
「んっ……」
マンションに帰り着いてドアを閉めるなり、靴も脱がないうちから唇を重ねた。
強引で乱暴な、奪うようなキス。それでも智美は一生懸命に応えてくれる。
会えなかった数日の分を取り返すように長く、深く。
お互いの口内をたっぷりとねぶり合ってから、ようやく唇を離した。
「はぁ……」
熱っぽくはいた吐息は、どちらのものだったか。
とろんと蕩けた智美の瞳が間近にある。
「ねえ伸吾、疲れてる……?」
その言葉が何を意味しているのか分からないほど、俺も朴念仁ではないつもりだ。
「バカなこと言うなよ」
言いながら、スカートの中に手を潜り込ませる。
ふとももをゆっくりとなぞって辿り着いたそこは、もう下着の上から分かるくらい湿っていた。
「智美……いつから?」
クロッチにそって指を這わせながら訊くと、どうやら智美は自覚していたらしくて、
元々赤かった頬をさらに紅潮させた。
「あっ……き、訊かないで……お願い……」
その顔と声だけで、3日間溜め込んだものがもう爆発しそうだった。
「ベッドに行くぞ」
半ば強引に智美の手を引いて、俺達は夫婦の寝室へと向かう。
322 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 17:22:47.29 ID:yAOhGlis
「ああっ!」
お互いの服を脱ぎ捨てて、前戯もそこそこに繋がった。
智美の中は奥まですっかりぬかるんでいて、強引な挿出もスムーズだ。
相手を思いやる気持ちも忘れて、獣のように腰を振り立てる。
「あっ! あっ!」
智美もいつになく乱れている。
3日ほど溜め込んでいたこともあって、激しい交わりも長くは続かない。
あっけないほど早く、一度目の射精が訪れてしまった。
「くっ……」
「あっ……出てる……」
智美の中に深々と挿入したまま、ゴムの中に精液を吐き出す。
ほとんどトランス状態だったからよく分からないけど、たぶん5分ともたなかったと思う。
冷静になってみるとちょっと情けない。
323 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 17:23:01.59 ID:yAOhGlis
一旦膣から抜いてゴムを外してみたら、中に溜まった白濁液は自分でも呆れるくらいに多かった。
その処理をしていたら、智美が後ろから覆い被さってきた。
「ねえ……」
「うん? ……おっ」
珍しく、智美は自分から俺のものに手を添えてきた。
「ああ……まだ大きい……」
うっとりと言いながら、それを指で包んでゆっくりと上下にこすり上げてくる。
その感触を楽しみながら、俺はちょっとした意地悪をやってみる。
「どうしてほしいんだ?」
「どうって……」
「言ってくれなきゃ分からないな」
「……伸吾の好きにして」
「じゃあこれでやめようかな」
え、と智美は言葉に詰まる。
智美にだって俺がどうしたのかは分かっているだろう。
現にまだ全く萎えないままの逸物をこうやって見せつけているのだから。
でも、たまには智美のほうから求めてくれてもいいと思う。
いつもは「ねえ」としか言わないけど、
たまにははっきりと言わせたいっていうのもまた男心ってもんだろう。
「もう……」
拗ねたような、困ったような声を出す智美。
そんな少女じみた仕草をしながらも、俺のモノをしごく手は止めないのだから、
そのギャップがたまらない。
「私、まだ足りないの……
お願い……もっと、して……?」
その言葉だけでもう、危うく二回目の射精に達してしまいそうになった。
324 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 17:23:28.39 ID:yAOhGlis
【妻視点】
(ああ、気持ちいい……)
自分で思っていた以上に、今夜の私は乱れていた。
伸吾のものを受け入れている、そう思うだけで全身をぞくぞくと快楽が駆け巡る。
全部吹き飛ばして欲しかった。
四日分の寂しさも、今日の昼の出来事も……
「ああっ、伸吾……」
はしたなく声をあげて、愛しい人の胸にすがりつく。
ひどくいやらしいこともたくさん言ってしまった気がする。
構わない。
この人の前ならどんな私にもなれる。
そうして私がいやらしいところを見せると伸吾も喜んでくれるんだから、
躊躇う理由なんて最初からなかったのかもしれない。
伸吾が喜んでくれたら、それがそのまま私の快楽になる。
やっぱり私にはこの人しか居ない。
何度も何度も貫かれながら、私は改めてそう確信するのだった。
325 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2012/02/16(木) 17:25:16.94 ID:yAOhGlis
ひとまずここまでです。
今のところセックス描写が控えめですが、ここでは需要がないであろう和姦シーンだからです
本番はしっかりと描写しますのでご心配なく。
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